流鳥物語〜ぼくの旅〜



 ロイさんたちと別れて、ぼくはまた海へと飛び込んだ。もっと南へ、南へと。そういえば、暫く気にしていなかったけれど、ガラさんのいた島よりもぼくの憶えていた太陽に、ちょっと近い。もっと楕円というか、歪んで平べったい太陽だったけれど。そして水もどんどん冷たくなってきてる。それがとても気持ちがいいんだ。何だろう。懐かしいってこういう感じなのかも知れない。
 陸地が見えて、ぼくはほっとした。石と土が見えて、遠くには鋭く尖がった山も見える。そして、山には白いもの。
「『雪』だ」
 あ、あれ。ぼく、今何て言ったんだろう。「雪」だって? それってどういうものなんだろう。あの白いもののことなんだろうか。
 あそこまで行くにはとても歩かないといけないみたい。でもその前に、ここにはペンギン族がいるんだろうか。
 陸地に上がって、体をぶるぶる。水は一気に切れるけど、乾くほどじゃない。
「いってえ!」
 すごく近くでした大きな声に、ぼくは思わず振り向いた。ぼくは気が付いてなかったんだけど、すぐ後ろに、ペンギン族が居たんだ。
「何しやがんだよ、ちゃんとまわりをみてぶるぶるやれよ! 今度やったら突っつくぞ!」
 ものすごく不機嫌そうに、というのは当然だよね。ぼくがぶるぶるやった水飛沫を浴びたんだから。おまけにこの辺はとても寒くて、水飛沫もちょっと痛かったんだろうなぁ。
「ごめんなさい、気が付かなくて。ところでペンギン族ですよね? ちょっと教えて頂きたいんですけど」
 良く見ると、とても小柄なペンギン族だった。黒い頭と背中、足はとても綺麗なピンク色でフリッパーの内側も同じピンク。嘴の先の方は少し黄色とピンクが混じったような色だったけれど、ちょっと洒落た感じがする。
「やなこった!」
 そういうとペンギン族はさっさと歩いて行ってしまった。ぼくは諦めて違う方へと歩き始めたんだけど。
「ぎええええ!」
 大音量の悲鳴を聞いて、ぼくはそっちに向った。見ると、さっきのペンギン族が、何かに捕まって困ってるみたい。
「だだだ、誰か、助けてくれー!!」
 でも困った。近くには誰も居ないみたい。ぼく一人で大丈夫かな。ちゃんと助けてあげられるかな。
「大丈夫ですかー?」
「馬鹿野郎、大丈夫なら助けを求めたりしねーんだよっ!」
 ……そういわれれば、そうかも知れない。ぼくは、とりあえず近寄って行って、どうすればいいのか考えることにした。近寄ってみて、とても驚いた。石とも木とも砂とも土とも違う、何か不思議なものが、とっても一杯転がっていたんだ。どんな素材なんだろう。すごく鋭くて、痛そうなものが多かった。きらきらした色をしているものもあったけど、ちょっと茶色でざらざらしてるものもいっぱい。それは触ったら怪我をしてしまいそうな感じだった。そして、叫び声の主はといえば、何かに挟まってるみたいだった。どうも足を滑らせて、そこにものが落ちてきたみたい。とっても重さがありそうで、多分一人で持ちあげるのは無理な気がした。
「こ、これを、どかして、くれ」
 さっき叫びすぎて疲れちゃったのかな。ちょっと息を切らしてる。ぼくのフリッパーで持ち上がるかどうかは自信がなかったけど、でもぼくに出来る精一杯をやらなくっちゃ。
「じゃあ、いっせいのせで動かしますよ。頑張って下さいね」
「いっせいの…」
 ぼくはペンギン族の上に乗っかった塊を一生懸命持ち上げた。必死に体を横にずらして塊から逃げようとしてるけど、上手くいかないみたい。
「もうちょっと上げられないか」
「すみません、これが精一杯で」
「フリッパーで持ち上げてるからそうなんじゃねーか。そのばかでかい足で蹴っ飛ばせよ」
 ぼくは吃驚して、思わず止まった。その途端、ぼくが支えていた塊がまたペンギン族の上に乗っかって、苦しそうな悲鳴があがる。
「馬鹿野郎、何しやがんだよ」
「あ、ごめんなさい。思いがけなかったから」
 ぼくは慌ててフリッパーを足と交換して、えいやっと力をいれた。そうしたら、何とそれは反対側に倒れて、あっという間にペンギン族は自由を取り戻せたんだ。
「ふー。死ぬかと思ったぜ」
 冷たい汗をいっぱいかいてるみたい。大丈夫かな。
「助けてくれてありがとよ。さっき邪険にしたから助けてくれねーかと思ったぜ」
 それからぼくたちはお互いに名乗り合った。名前はリーさんと言って、これからコロニーに巣を作りに行くところなんだって。
「この辺は石が多いからな」
「石? 石を一体何に遣うの?」
 ぼくがきょとん。って目を白黒させてたら、リーさんは怒ったみたいに声をあげるんだ。
「巣を作るにきまってんだろ! 高く積み上げた方が子育てに成功する確率が高くなる。すると雌が寄ってくるんだぜ。巣作りに失敗しちまった雄は雌に洟も引っ掛けられないんだからよ」
「へええ! そうなんだ?」
 確かにこの辺は石が多いみたい。でも違うものの方が多いような気がするのは気のせいかな。
「いや、多いさ。このあたりは人間が要らねえものを置き去りにしてった場所だからな」
 さっきリーさんの上に乗っかってた大きな塊は、石よりもずっと重かった。形も妙に四角っぽくて、ごつごつしてて。細長いものとか、すごく鋭くて触ったら怪我しちゃいそうなものとか、一杯あるし。ここって大丈夫なんだろうか。
「巣作りに使えそうなものがあるから取りに来たんだけどよ。今回は諦めた方が良さそうだ」
 リーさんはすごく悔しそうな顔で呟いた。
「さっき、足を捻ったらしい。何往復もしなくちゃいけねーのに、これじゃいくら石を見つけても持っていくのには時間がかかっちまう」
 そして、「下手すりゃその辺のやつらに大事な石を持っていかれちまう」と泣きそうな声で呟いた。
「えーと。じゃあぼくが手伝うっていうのは、駄目ですか」
「え?」
 まんまるになったリーさんの目ったら、可愛かったなぁ。

 石を盗まれないように、リーさんは巣を作るあたりにいて、ぼくが石を持っていく。そう取り決めをして、ぼくは何度も行ったりきたりすることになった。うっかり目を離すと、何時の間にか盗まれているからずっと見張ってないといけないんだって。素敵な巣が出来れば、きっと雌が来てくれる。そうしたら繁殖も出来るんだ。今は足を捻ってるけど、卵が生まれるまでにはきっと治ってるから、子育ても大丈夫だ。そういってリーさんは丁寧に石を積み上げていく。隙間を作らないように積み上げるのが、しっかりした巣作りのコツなんだって。ぼくは何度も往復した。その甲斐あって、リーさんの巣はとっても素敵な出来ばえになったんだ。あともう少し石を積み上げたら完成かな、ってところで、不意に声が聞こえたんだ。
「リー、良いのが出来たじゃない?」
 近づいてきたのは、雌のペンギン族だった。途端にリーさんの声の調子が変わる。
「おう、アディ。なあ、今年こそ一緒になってくれよ?」
「そうねぇ、結構良い出来みたいだし?」
 チラッと盗み見るみたいに視線を走らせると、リーさんは一層興奮したみたい。
「これだけ石を積み上げたんだ。繁殖だってばっちりOK!だぜ。なあ?」
「そおねえー」
 ぼくはリーさんのとっても切実な視線を感じながら、恐る恐るその場をゆっくりと離れて、また新しい石を持って来ることにしたんだけど。暫く経って石を持って戻ったときには、リーさんだけだった。
「リーさん? あの……」
 まんまるの目から、涙がものすごい勢いで溢れだしてた。ぼくは驚いて回れ右をしたんだけど、リーさんはぼくをひきとめた。
「くそ、アディ。最初っから石が目的だったんだ」
 既に繁殖のパートナーを決めていて、若い雄を騙して石を奪う雌がいるんだ。とリーさんはボロボロ泣きながら言った。アディさんは、リーさんと繁殖行動をした後、リーさんが眠るのを待って、石を持って行ってしまったらしい。
「良い雌は競争率が高い上に繁殖成功率も高いんだけどよ」
 そう言ったリーさんは、アディさんに騙されたことは恨んではいなかったみたい。振られたのは堪えたみたいだけど。
「もっと素敵な雌ペンギンに、きっと出会えますよ」
 ぼくはそういってリーさんの頭をフリッパーでそっと撫でた。

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