流鳥物語〜ぼくの旅〜



「少しの間、ってどれくらいだ?」
「ぼくの仲間がこの島にはいないとはっきりするまで、です」
「この島にはお前みたいなのはいねーよ」
 ロックさんはそう言い捨てて、そのまま立ち去ろうとした。ぼくはがっかりして、その場にぺたん。って座りこんでしまったんだ。
「ここにも、かあ」
 いくつも島や大陸を回ってきたけれど、ぼくの仲間って一体どこにいるんだろう。南へ南へってずっと進んできたけれど、島が沢山ありすぎて、どこがぼくの故郷なのか判らない。
「お、おい。泣くなよ! 男だろっ?!」
「え?」
 気付くと、ホップさんがぼくの隣にいて、顔を覗きこんでた。いつのまにか、泣いてたみたい。
「ぼく、男なのかな」
「…お前、自分の性別も知らないのかよ?」
「だって、気にしたことなかったから」
「じゃあ、でかい図体してめそめそ泣くな!」
 きっぱり言うホップさんて本当に男らしいなぁ。って惚れ惚れと見ていたら、何かロックさんがぼくを睨んでる。
「俺の連れに何色目使ってやがんで…えっ?!」
 素晴らしく切れのいいキックがロックさんの首にヒットした。そのキックを恰好良く決めたホップさんは、何故か眉根を寄せて、すごく厭そうな顔をしてる。
「誰が貴様の連れだって?」
 声だけでその場が凍り付きそうなくらい、冷え冷えとした空気が漂って、ぼくはちょっと吃驚した。ホップさんはロックさんを嫌っているのかな。それとも単に照れくさいだけなのかな。
「ホップさんってとっても恰好いいですね! 惚れ惚れします!」
「なっ……!」
 真っ赤になったホップさんから、ぼくにもキックが飛んでくるかな。って一瞬覚悟したけれど、それは飛んでこなかった。ロックさんとは仲が良くて、そういうことも気がねなく出来る関係なのかも知れない。ぼくにはそういう仲間がいないから、正直羨ましかった。
「ぼくは、故郷の記憶があんまりないんです。故郷がどこかも判らなくて。ロックさんとホップさんみたいに、気兼ねなく話せる仲間が居たらいいなって」
 そんなことを話してたら、また涙が出てきそうになった。長いこと一人でずっと旅をしてきたから、ちょっと淋しくなってるのかも知れない。
「ああ、もう!」
 頭を勢い良く振る。黄色い冠毛がそれにつられて左右に揺れるのは、とても綺麗だった。
「しょうがねえな。面倒はごめんだぜ。自分の始末は自分でしろよ? あと、用事が済んだらさっさと出て行け。それまでは置いてやる」
 フリッパーをぼくの方に突きつけて「いいな?」と確認すると、そのまま今度は本当に離れていった。とりあえず、この島を調べるくらいの時間は貰えたんだ。
「あ、ありがとうございます! ロックさん!」
 遠ざかるロックさんの背中を見つめていたら、横合いからそろっと声が聞こえた。こそ。っていう程度の、囁き声で。
「良かったな」
 振り向くと、ホップさんがロックさんの後を追いかけるように行くのが見えた。遠巻きに見守っていた他のペンギン族たちも、ロックさんたちの様子を見て、離れていく。ぼくはその夕陽に紛れていくその背中に向って、深くお辞儀をした。
 それから暫くその島を歩いてみたけれど、テッドさんと似ているペンギン族の他は、発見出来なかった。島を離れるとき、ロックさんとホップさんが並んで泳いでいるのが見えたので、ぼくがあのときと同じように深くお辞儀をすると、ロックさんはそれに応えるみたいにイルカ飛びをしてにやり。って笑った。こうしてぼくはロックさんたちのいるこの島を離れたんだ。

 青い海から見える砂浜には、ペンギン族でない生物が寝そべってた。なんていう動物なんだろう。濃い目の灰色から黒に近い毛で、随分大きい。今までみたペンギン族の三倍以上はありそうだった。この辺にペンギン族は居ないかな。と思って、ぼくはその生物に聞いてみることにした。
「あのう、すみません」
 寝そべっていた生物が、ぼくを見てびくっとした。ぼく、何か変だったかな。
「ぼくはホワイティって言います。仲間を探しているんですが、このあたりにぼくみたいなペンギン族はいませんか」
「おい」
 気がつくと、ぼくはその生物たちに囲まれてた。
「えっ?」
「良い度胸じゃねえか、俺らアシカ族にものを尋ねようだなんてよ」
 機嫌が悪かったのかな。寝起きだったのかな。ぼくは思わず後ずさりしそうになって、ゴンと何かにぶつかった。
「痛え!」
「うわあああ! ごめんなさい!!」
 振り向くと、ペンギン族らしい姿があった。とても印象的な金色の瞳、黄色の頭。それからほんわりしたピンクと、朱に近いオレンジ色とで彩られた、上品な嘴。少し濃い目のピンク色の、ほっそりとした足。今まで見てきたペンギン族の誰とも似ていない、独特の模様は、はっとするほどだった。
「何邪魔なところに突っ立ってやがる?!」
 そう言いかけた顔が、ぼくの目の前のアシカ族に気付いて、ははあん。って顔になった。
「アシカ族に因縁つけられてたのか。こいつら、機嫌が悪いと良くペンギン族に噛み付く癖があってな。さっと避けねーと、怪我すんぞー」
 そう言った途端、アシカ族の尻尾がぼくらの足を襲ってきた。と思ったら、そのペンギン族は目にも止まらないスピードでジャンプして攻撃を避けて、アシカ族のお腹の急所に踵落しを決めた。そのお陰だろう。尻尾の攻撃はぼくの足には届かなかった。ペンギン族はさっとアシカから離れたところに着地して、走り出した。
「さっさと逃げろ!」
「はい!」
 どこへ逃げればいいかなんて判らなかったので、とりあえずそのまままっすぐに走った。隣にはさっきぼくを助けてくれたペンギン族もいる。砂場だった足元は、何時の間にか潅木の沢山あるところになっていた。目の前に広がっているのは、あまり大きくはないけど、森。
「俺達は、『失われた森の住人』って呼ばれてる。俺の名はアイだ」
 逃げ切ったと判断したあたりで、さっきのペンギン族がそう話してくれた。
「ぼくはホワイティと言います。さっきはありがとうございました」
「あいつら、相手見ずに絡むからな。ズルズルしてるとやつらに噛みつかれて怪我だらけになるから、気をつけた方がいいぞ。ところでどうしてさっきは絡まれてたんだ?」
 そこでぼくはこの島に仲間を探しにきたこと、この島にぼくみたいなペンギン族がいないかを尋ねていたことを話した。
「なるほどな…」
 そういえば、リルさんは「失われた森の住人には気をつけろ」って言ってた気がする。さっき、アイさんは「失われた森の住人」って言ってなかったかな。それってどういう意味なんだろう。
「あの、すみません。厚かましいと思うんですが、伺ってもいいですか?」
 アイさんはじーっとぼくを見て、くす。って笑った。何かおかしいこと、言ったかな。
「あ、いや、すまん。お前、良いやつだな」
「は?」
「いや、大したことじゃない。で、何が知りたいんだ?」
 ぼくは、「失われた森の住人」って言葉が、どういう意味なのかを知りたい。と聞いた。そうしたら、少し淋しそうな顔になって、ぼくは訊いたことをちょっとだけ後悔したんだ。
「いや、それはお前のせいじゃない。だが、俺達は種として絶滅の危機に瀕している。お前の種族にこの話を伝えて貰えれば、俺達がいつか絶滅しても、少しは浮かばれるかも知れない。…聴いてくれるか?」
 もとより、ぼくが聴きたがったことだ。
「はい」
「俺達の種族は、もともとそれなりに数がいて、いろんな島に生息してた。俺達の種族が好むのは森林地帯で、海岸から結構入ったところで繁殖する。他のペンギン族は密集して生活し、卵を生み育てて繁殖するが、俺達は自分たちの巣から見えるところに他のペンギンが巣を作るのを好まない。そのせいもあったのかも知れないが。人間どもがやってきて、俺達の住む森を次から次へと伐採して、どんどん牧草地に変えちまった。しかも、人間どもが連れてきた得体の知れないやつらのお陰で、卵やヒナ、それに親たちまでもが襲われて、俺達はどんどん数を減らしてる。住むところを奪われ、餌を奪われ、子孫も自分自身も奪われてなお、俺達は足掻いてる」
 アイさんの話は今までに聞いたペンギン族のどの話よりも悲惨で、胸が苦しくなった。子孫を奪われることも辛いけれど、餌を奪われることも大変だけれど、何より住む場所を奪われて、追われるなんて。なんて酷いやつらなんだろう。人間って。
「俺達は細々と繁殖してる。だから、正直外部から来た奴らには警戒して、普段ならこんな風に立ち入った話をするどころか、寄ってきたやつらに対して蹴りを入れるところだ。お前がそういう目に遭わなかったのは、アシカに絡まれてたからだ」
「だったらぼく、アシカ族に感謝します! アイさんとこんな風に話をする機会を与えてくれたんだから」
「面白いやつだな」
 ふっ。って笑うところは、とっても恰好良かった。でも、この島に住んでいるペンギン族に、ぼくの仲間はいないみたい。
「無駄足だったな」
 そういったアイさんに、ぼくはにっこりと笑って見せた。
「でも、アイさんに会えた。ぼくは忘れません。アイさんに助けられたことも、アイさんの種族のことも」
 それからぼくは、川へ飛び込んだ。海へと続く川からなら、アシカの居る砂浜を通らずに行ける。とアイさんが教えてくれたからだ。ぼくはアイさんの心遣いに深く感謝して、この島を離れた。アイさんたちの種族の歴史を、胸に深く刻みつけて。

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