流鳥物語〜ぼくの旅〜

「うへぇ。なんだ、こいつ。本当に白いぞ。気味が悪りぃな」
「フィリップ。そんなこと…」
 耳を叩くみたいな呟き声で、ぼくは目を醒ました。ぼーっとした視界に飛び込んで来たのは、リルさんに良く似たペンギン族だった。大きさも多分リルさんと同じくらいだと思う。少し青みがかった背中は、リルさんと同じように前屈みで、ペンギン族って言っても体格は寧ろ普通の海鳥族に近いみたいだった。端っこが白いフリッパーも、とても小さい。ぼくのフリッパーの半分もないみたい。そういえばリルさんのフリッパーも端っこは白っぽかったっけ。
「もしかしてフィリップさんとパティさん? ぼくはホワイティ。仲間を探してここに着いたんだ」
 寝ぼけ眼をこすりながらリルさんから聞いていた名前を口にしてみる。一瞬顔を見合わせていたけれど、こっちを見てにこって笑ってくれた。
「おう。リルからの紹介じゃあな。おれがフィリップ様だ。で、こっちがおれのハニー、うげっ!」
 ものすごい勢いでパティさんがフリッパーでフィリップさんを殴ったような気がしたんだけど、きっとぼくの目の錯覚だと思う。こんなにやさしそうな笑顔が、とっても素敵なんだもの。
「パティよ。宜しくね。リルから話は聞いたわ。災難だったわね。ご覧の通り、私達は小型ペンギン族で、あなたとはこんなに大きさが違うし、種類が違うわ。少し白っぽいと言われているけれど」
「はい、でもぼくは自分の目で確かめたかったんです。少なくとも違うという確認が出来ただけでも大きな収穫でした。ありがとうございます」
 ぼくは立ち上がって頭を下げた。
「あなた、良い子ね。…私達より体が大きいのに、『子』なんて言い方は失礼かも知れないけれど。あなたはまだ繁殖経験がないでしょう? きっと私達よりは若いんだと思うの」
「繁殖?」
 鸚鵡返しに聞き返したぼくに、とびきりやさしい微笑みをくれて、パティさんは説明してくれた。ペンギン族は大体がパートナーを決めて、次の世代を産んで育てる。それを繁殖っていうのよ。って。
「でも、ヒナから換羽(羽が生え変わって、成鳥と同じ羽になること。換羽するまでは海に入ることが出来ない)してすぐの年には普通繁殖はしないの。大体繁殖するには成鳥になってから二回くらいその季節を生き延びてからかしらね。それまでクレイシのヒナの面倒を見たりして、繁殖に失敗しないよう、勉強をしておくのよ」
 うっとりした、夢を見るような眼差しがとっても温かい感じがしたんだ。パティさんに見惚れてたら、フィリップさんがぼくを小突く。ああ、そうか。
「良くは判らないけど。まだぼくは繁殖したことがないような気がします」
 リカさんとカンさんはコロニーに向うところだった。そうか、繁殖って、そういうことだったんだ。
「近頃では、『ヒト』が連れてきたやつらのせいで中々繁殖も難しくなっているけれど。私達の命を、次の世代に伝えたいわね」
 パティさんがそっとお腹を押さえて、フィリップさんを見つめてる。『ヒト』ってどういう生き物なんだろう。そいつらが連れてきたやつらのせいで繁殖が難しくなってるなんて、酷い。そういえばボルトさんが「人間どもが卵を盗みにきやがる」って言ってたっけ。もしかして、人間って『ヒト』の仲間なんだろうか? だとしたら、ぼくらペンギン族は『ヒト』から多大な迷惑を蒙っているんだ。
 フィリップさんとパティさんには会えたけど、白っぽいペンギンが他にいないか、聞きそびれてしまったぼくは、この南北の島を散歩してみることにした。

 「うわぁ!」
 林が海に落っこちてしまいそうなくらい、海岸ぎりぎりまで、広がってた。ぼくは思わず歓声を上げてしまったけれど、そのあとは息を呑むばかりだった。高い木が生い茂る豊かな森が続いて、急斜面を上った高台にシダが沢山生えてるんだ。思わずシダの上に寝そべってみたくなって、ごろん。って転がろうとしたとき。
「誰だ?」
 鋭くて低い声がして、ぼくは思わず硬直しちゃったんだ。
「うわあ! すみません。ぼくはホワイティって言って、アヤシイものじゃありません。仲間とはぐれてしまって…」
 そこまで言い掛けて、声がどこからしたのかを考えて吃驚したんだ。だって、シダから声がしたんだ。シダって喋れたの? ぼくはそんなこと聞いた事ないけど。
「はぐれペンギンか。ここはうちの巣だ。あっちへ行け」
 しっしっ。って声まで聞こえて、本当に歓迎されてないんだって判ったけど、でもそれよりもぼくはシダが喋ってるってことに吃驚してたんだ。
「すごい! シダさんって喋れたんだ? わあ。ぼく喋るシダさんを初めて見たよ!」
「……」
 がさがさがさ。って音がして、シダの葉っぱが左右に別れて、そこから現れたのは、ペンギン族らしい姿だった。しっかりした眉が黄色くて、軽くカーブしてる。リルさんやフィリップさんたちよりも大きくて、でもぼくよりは小さいみたいだった。
「どこの田舎者だ、お前は」
 寝起きみたいな不機嫌そうな声だった。そうか、ぼく、喋るシダだと思って夢中になってたけど、あっちへ行けって言われてたんだ。でもなんかすごく不思議だ。背丈はぼくより全然小さいのに、ぼくの方が見下されてるみたいな感じだ。
「巣の近くを他のやつらにうろついて欲しくない。気が散るからな」
 なんていうんだろう。すごく堂々としてて、落ち着いてる。
「なるべく早く消えろ」
 それだけ言うと、首を回してぼくをじっとりとねめつけるように見ながら、シダの葉の中に隠れてしまった。取り付く島もないってこういうことかも知れない。ぼくはとぼとぼ歩いて、海にざぶん。って飛び込んだんだ。

 荒れ狂う海のど真ん中で、ぼくは息も絶え絶えになってた。こんなに荒れ狂ってる海を見たのは初めてだった。このあたりはいつもこうなんだろうか? ぼくは絶望的な気持ちになったけれど、少し離れたところに陸の影が幾つか連なっているのに気付いて、そちらへ向って泳ぐことにした。このままじゃ泳ぎ疲れて死んじゃうって思ったから。
 海草に足を取られそうになりながら海から上がるとき、ちょっとベタっとした感じがした。何だろう、この感じ。普段尾脂線から分泌される脂とはちょっと違って、しつこくて変な匂いがする。おまけに変な色までついているみたいだ。必死に羽づくろいをしていたら、少し離れたところに沢山のペンギン族がいた。シダの中に隠れてた、あの黄色い眉のペンギン族にとっても良く似ている。背丈も同じくらいに見えた。つまりぼくよりは小柄だってこと。
 海から上がったばかりの時は青っぽい背中が、羽が乾くにつれてどんどん黒っぽく見えるようになる。それに合わせるみたいに、頭にぺったりと張り付いた黄色い眉が、風になびいて逆立つ。中には羽づくろいしているのも、日向ぼっこしてるのもいるみたい。良くみたら、陸はかなりの急勾配だった。白っぽい岩が延々と続いている。足の爪はかなり鋭いみたいだけど、雨の日には滑って落ちてしまいそうだった。
「すみません、ぼくはホワイティ。仲間を探しています。ぼくみたいなペンギン族をご覧になったことはありませんか」
 あまり大きすぎる声だと吃驚させそうだと思って、気をつけて声を出した。ちら。ってぼくの方をみたのがいたけれど、反応してくれない。ここも手がかりなしかな。って諦めかけたとき、声を掛けられた。
「ホワイティ、だったな。私はアズ。このコロニーを仕切っている。この島と、周辺の島には私達のようなペンギン族しか居ない。この海域は少々荒れるから、あまり他のペンギン族は近寄らないんだ」
「そうですか…」
「大きさだけを言えば、南の方の大きな島にお前のようなペンギン族がいると聞いたことがある。ただ、お前のように白いペンギン族は見た事がないが。行って見れば何か判るかも知れん」
「ありがとうございます」
 ぼくはアズさんにお礼を言って、また海へざぶん。って飛び込んだ。

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