流鳥物語〜ぼくの旅〜

 ぼくは亀蔵さんのアドバイスに従うことにした。とりあえず手がかりはなかったし、あの島々をめぐったとしてもぼくの仲間には会えそうにないような気がしたから。ちょっと怖かったけど、思い切って海に飛び込んだらすいーっと進んだ。勿論時々息継ぎのために海面に上がって来なくっちゃいけないけれど、でもガラさんの仲間たちよりはぼくの方が海の中に居られる時間はちょっと長いみたい。体が大きいんだから当たり前かも知れないけど。
 途中でご飯の小魚やタコ、イカなんかを口いっぱいに頬張りながら、ずんずんと東へ進む。とにかく東に行けば必ずぶつかると亀蔵さんが教えてくれたんだから、きっと大丈夫だろうってぼくは思ってた。でもその長い海岸線を見つけたとき、ぼくは本当に吃驚したんだ。だって、それこそあっちからこっちまで、ずーっと長い長い陸が途切れることなく続いているんだから。そこで、ぼくはガラさんに良く似た姿を見かけたんだ。それも、たくさん。最初はね、ガラさんの仲間なのかなって思ったんだ。とっても良く似ていたから。ほんのすこし、違う。体の模様とか色とか、それから口のあたりとか。目から口にさしかかるあたりがピンクだし、何より一回りか二回りくらい体が大きいみたい。グループで餌を取っているのを見て、ぼくは思わずぼーっと見てたんだけど。それが彼らの気に障ったのかも知れない。いつのまにかぼくは囲まれていて、逃げ出せなくなってたんだ。
「おい、おれたちに何の用だよ?」
「ジロジロ見ていやがって。やり難いったらありゃしねぇだろ。さっさと仲間のところへ帰んな」
「狩りの邪魔だ、さあ行った行った」
 口々にそう言われて、ぼくは途方に暮れたんだ。だってぼくは彼らの邪魔をするつもりなんて毛頭なかったんだから。
「ちょっと待て」
 最初に掛けられた声だった。グループのリーダーなのかも知れない。
「害意はなさそうだし、どっちかっつーと抜けていやがる感じだ。おい、ここに来た目的を話してみな。おれはこの群をしきってるボルトってもんだ」
 それでぼくは今までの経緯を話した。ボルトさんは面倒見のいい兄貴って感じで、すごく話しやすかった。
「事情は判った。だが、お前さんに似たようなやつを見かけたことはねーな。おれたちは今気が立ってんだ。人間どもが卵を盗みに来やがるし、おれたちの餌も持っていっちまうしでな。時々、人間どもの用意した罠に捕まっちまって死んじまうやつだっているんだ。不用意に近づくとどこの群でも警戒されるから、あまり近づかないようにしろよ」
 ボルトさんはそう言って、片手をあげて、濃い茶色をした目を片方だけ軽く閉じた。
「恰好いー……」
 ぼくは思わず見惚れた。しばらくぼーっとしちゃったけれど、手がかりは相変わらずゼロ。我に返ってから、ぼくはひとつ大きな溜息をついて、また陸へ向って泳ぎだした。


 大きな岩のたくさんあるところは、あの島にも似ていたけれど、こっちはもう少し乾燥していて、砂が多い。とりあえず足を滑らせないように気をつけながら上ると、一つの穴から赤いものが二つ見えているのに気付いたんだ。
「あんた…」
 わ、ボルトさんの群からは離れたつもりだったんだけど、もしかしたら仲間さんの別の群の中に入っちゃったのかも。
「わー、ごめんなさい。ボルトさんに言われてたのに、もしかしてぼく…」
 そうしたら、中から声の主がにょきっと顔を出したんだ。
「ああ、やっぱり。ボルトが言ってたのはあんたね。こんどボルトに会ったら感謝しときなさいね。『これこれこういうやつがいたら、そいつは仲間を探しているだけで危害を加えるようなやつじゃないから』ってあっちこっちの群のリーダーに声を掛けて言ったんだから」
 ぼくが驚いてそちらを見ると、じとーっとした目で見つめられていた。それから首を横に振って。
「あたしもいろんなやつに出会ったけど、あんたみたいなやつはちょっとお目にかかったことがないねぇ。でもあんた、ちょっと暑そうに見えるけど」
 そう、ぼくにはこのあたりの今の天気はとっても暑くて息苦しい感じがする。
「はい、あの島に居たときも暑くて暑くて。太陽があんなに真上にあるなんて、初めて見ました」
 濃い茶色の目がきらん。と光った気がした。
「あたしはあんたみたいなやつはみかけたことはないけどさ。もしかしたら、その太陽が見えるところにいけば、あんたの仲間に会えるかも知れないよ。その太陽を探しに行きな」
「えっ? でもどうやって」
「親御さんから貰ったろ、そのしっかりしたフリッパーと足。それで泳いで行けばいいさ。北へ行く程太陽は天辺に近くなるんだ。南へ、南へ行くのさ」
 ぼくは感謝して、そこから離れて、もう一度海へと飛び込んだ。


 大陸を南へ南へ、ぼくはずんずん進んで行った。水温が少しずつ下がっていくのに従って、ぼくのだるさも少しずつ無くなっていく気がする。あのボルトさんの仲間――確かボルテさんって言ったっけ――が言った通りに、南へ行けばぼくの仲間もいるのかも知れない。ぼくは何日もかけて、まっすぐに南へと向った。やがて、陸が途切れ途切れになっているところにたどり着いた。いくつもの島が浮かんでいる。少し休憩したかったし、ぼくはその島のひとつに寄ってみることにした。海岸から近いあたりに、木の沢山生えているところが見えた。木陰になっていて、暑い日差しから身を守るのには都合が良さそうだった。ぼくが身を横たえるのに丁度良さそうな木陰を見つけて、ぼくは一寝入りすることにした。腹ばいになって、目を閉じる。そうすると、白い白い世界が一面に広がっている夢を見た。地平線すれすれの太陽は、見えるときはずーっと見え続けるけれど、一旦見えなくなったらまたずーっと見え無くなってしまう。そうなると暗い空に銀色の砂を撒き散らしたような星が瞬いて、時には緑や赤の空気のカーテンみたいなものがゆらゆらと揺れる。手にとったらきっと柔らかくて素敵だろうな。ってぼくはいつも思ってた。
「おい」
 すぐ傍で声がして、ぼくは目をあけた。
「そこはおれたちの寝床だ。匂いでわかんだろ」
 ぼくは跳ね起きた。
「ごごご。ごめんなさい」
 そういってぼくが場所をあけると、そこに身を寄せ合うように横たわった影があった。まだ目が光に慣れてなくて良く見えないけど、ガラさんよりボルトさんに良く似ている。体格も多分ボルトさんくらいかな。とぼくは思った。
「あの、お邪魔をしてしまってごめんなさい。ぼくは仲間を探しているんですけど、ぼくに似たようなやつを見かけたことはありませんか」
 邪魔のついでに一つ聞くくらいは許されるかなと思ったんだけど、ちょっと甘かったかも知れない。
「邪魔をしておいて更に質問するたあいい度胸じゃねえか」
 ちょっとドスの聞いた声でそういわれて、ぼくは竦み上がったけれど、でも確実な手がかりが一つくらい欲しかったんだ。
「だがまあ、お前みたいなやつねえ。困ってるやつを助けねえのは仁義に反するってもんだ。体格見りゃここじゃねぇ島に住んでるやつに、近いのがいるけどよ。だがお前の方がもっとデカイぜ。それになんだ、その不思議な羽の色はよ」
 え。とぼくは思わず自分の手を見た。
「そんな白っぽいフリッパーを持ったやつなんて、お目にかかったことがねえよ」
 それだけをいうと、鬱陶しい虫でも払うみたいに首を振って、目を閉じてしまった。ぼくはお礼を言って、また旅を続けることにした。

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